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こんなはずじゃなかった!?新聞奨学生制度についての実体験を語る
こんなはずじゃなかった!?新聞奨学生制度についての実体験を語る

こんばんは、サブローデザインのサブロー(@saburo_design)です。

皆さんは新聞奨学生制度ってご存知ですか?制度を利用する学生の学費を新聞社が負担する代わりに、学生には新聞配達の仕事をしてもらうという制度です。

主に経済的な理由で都内の大学や専門学校に通うことが難しい家庭が利用する制度で、新聞奨学生として新聞社に従事する間、一人暮らし生活の金銭的な心配はほぼ無くなると言ってもいいでしょう。

かくいう私も、専門学校に進学するために高校卒業後すぐに新聞奨学生制度を利用し、大阪で一人暮らしを始めました。新聞奨学生になって以下のような恩恵を受けることが出来ました。

  • 毎月新聞配達の給料と奨学金が出る
  • 学校への入学金の前借が出来る(毎月支給される奨学金から相殺)
  • 寮の家賃光熱費が無料
  • 朝晩の食事付き
  • 配達用のバイクの貸し出し(ガソリン代も全て販売店が負担)

一人暮らしの学生の1ヶ月の生活費をざっくり想像してみると、

一人暮らしの学生の1ヶ月の生活費
家賃 50,000円
食費 20,000円
その他光熱費等 15,000円
合計 85,000円

これらが全て無くなった上で給料と奨学金が出る訳ですから素晴らしいですよね?

頑張る学生を全力で支援する新聞奨学生制度
頑張る学生を全力で支援する新聞奨学生制度

さすが『頑張る学生を全力で支援する』と銘打っているだけあってかなりの手厚い待遇です。しかも学校を卒業するまで新聞配達に従事すれば、新聞社から就職推薦状が発行されて、就職にも有利になるとか!

…と、このようにメリットだけ語ればとても魅力的な制度の『新聞奨学生制度』ですが、世の中そんなに美味い話がある訳が無く、当然それ相応のデメリットが存在します。

現代の奴隷制度とまで比喩される『新聞奨学生制度』今回はそれにスポットを当てて、実際に新聞奨学生制度を利用した経験のある筆者の体験談を交えながら語ろうと思います。

新聞奨学生制度の実態

とりあえず先に書きます。新聞奨学生はキツいのか?

すごくキツいです

私が新聞奨学生制度の事を知ったのは、高校3年の時。担任の先生がたまたま授業でそういう制度があることを話したからです。先生がどのように話したかはもう憶えていませんが、話を聞いた時私は『へ~そんな良い制度あるんだ!』と思っていました。

そして自分がその新聞奨学生制度を利用し大阪の専門学校へ通うことになりました。入学の数週間前に大阪へ旅立ちます。今年から新聞奨学生となる他の学生が一箇所に集まり奨学会によるオリエンテーションが開かれました。学生の数は30人ぐらいだったと記憶しています。新聞奨学生制度に関する説明等が改めて行われその日はホテルに泊まります。

次の日は販売所で働く学生同士のグループに分けられ、各自それぞれの販売所に車で向かいました。この時はまだ新聞奨学生がどういうものか…私は分かっていませんでした。

私の1日のスケジュール

当時の私の普通の1日を表に書くとこんな感じです。

2:30~ 目覚ましにより起床。すぐさま着替え、寝癖も直さず寮を飛び出す。
3:00~ バイクで販売所に到着。タイムカードを押し、朝刊をバイクに積み込み、自分が担当する配達エリアに向け出発。
3:15~ 新聞配達開始。無心でひたすらポストに朝刊を突っ込んでいく。私は全部で150部~200部ほど(割と少ない理由は後述)
5:30~ 販売所に帰社。販売所で出る朝食までの間、仮眠を取る。
7:00~ 販売所の奥さんの作る朝食を食べる。食べたらすぐに寮に帰る。
7:30~ 寮に帰宅。専門学校に出発するまでの間、再び仮眠。
9:00~ 専門学校に向けて出発。新聞配達用のバイクを走らせる。
9:30~ 授業開始。かなり疲れてる&眠たい。
15:00~ 夕刊配達のため、授業を途中で切り上げて一人教室から出る。学校承認なので出席数はちゃんとカウントされる。
15:30~ 学校から販売所にバイクで直行。夕刊をバイクに積み込み自分が担当する配達エリアに向け出発。
15:15~ 夕刊配達開始。朝刊に比べると部数も少ない上にチラシも入っていないので大分楽。
17:00~ 販売所に帰社。明日の朝刊のチラシの折込作業を行なう。
19:30~ チラシの折込作業終了。片付け。休憩がてら缶ジュース1本貰える。
20:00~ 販売所で夕食(おかずのみ宅配)を食べる。食べたらすぐに帰る。スーパーに寄って日用品を買ったりする。
21:00~ 自由時間。テレビを見たりゲームしたり洗濯したり風呂に入ったりする。
22:00~ 明日に備えて早めに就寝。

全ては朝刊配達から始まる

草木も眠る時間帯から新聞奨学生の1日は始まります。

携帯電話の大き目の音で設定したアラームに起こされ、同じ寮に住む同僚の新聞奨学生達が一斉に動き出します。念のためベランダから今日の天気を確認します。晴れならOK。雨が降っていれば気分は最悪です…。

販売所に着けば、すでに他の従業員の人達がエリアごとに朝刊の束を用意してくれています。タイムカードを押し、朝刊の束をバイクの後ろに積み、落ちないようにキツめに縛って、すぐさま自分が担当するエリアに向け出発します。

『バイクで新聞配達なら楽なんじゃないの?』と思われるかもしれません。家の前に止まり新聞をポストに入れ次の家の前に行き新聞をポストに入れ・・・。確かにこれなら楽なんですが、実際に私達が配るのは団地エリアでした。

エレベーターの無いマンション(5階建て)です。団地の前にバイクを止め、新聞片手に5階まで階段を駆け上がります。マンションの用に建物が横に繋がっていないので5階まで登る→1階まで降りる→5階まで登る→1階まで降りるの繰り返しです。

階段の上り下りをひたすら繰り返す
階段の上り下りをひたすら繰り返す

いくら若い時であったとしてもこれのひたすら繰り返しはさすが堪えました。この時ほど団地の5階に住んでる人を恨んでた事は無いと思います笑。常に階段を2段飛ばしで駆け上がらなければ配達時間に遅れてしまうような時間設定だったので、へとへとで販売所まで帰る毎日でした。団地という同じ景色が延々続くコースだったので、時々配送ミスをやらかしたりも;

雨が降っていればカッパを着込んで配達します。新聞を濡らさないよう気をつけながら配達するので、かなりキツい仕事になります。真夜中の冬の雨の日の仕事の事など思い出したくもありません。大阪だったので雪がめったに降らなかっただけマシだったのかもしれませんね。

世の人間が起床する時間には朝の仕事を終えます。新聞販売店の所長の奥さんがご飯を作ってくれるので同僚と一緒に朝食を食べます。全員疲れているので特に会話する事もせずニュースを見ながら黙々と食べます。

同僚に一人クチャラーがいたのでイライラしていましたが黙っていました。

各自寮に帰り、登校する時間になるまでわずかな休憩時間です。私は(というか恐らく全員)仮眠にあてていました。ただ当時、アニメの『幽々白書』が再放送で1日2話づつやっていて、布団の中から毎日見ていました。面白くて漫画も全部読みました。

専門学校へ出発

学生の本分は勉強です。惰性で授業を受けていた高校までとは違い。新聞配達で苦労してまで専門学校にわざわざ通っているんです。

専門学校に向けて販売所から借りているバイクに乗って出発します。ガソリン代の等は全て販売所が負担しています。ありがたいですね。学校に出れば寝起き顔の他の学生に交じり、朝から既に疲れ顔の私。眠たい目をこすりながら授業を受け、必死についていきます。同じ新聞奨学生の先輩に教えられた事がひとつあります。

『学校で遅刻とサボる事だけは絶対にするな!』

言われそのとおりに遅刻とサボりだけは絶対にしませんでした。これは言われたとおりにしておいて本当に良かったと思っています。

というのも一度でも学校を遅刻したり、サボって休んだりしたら絶対にクセになるからです。現に同僚の一人は一度寝坊をして学校を遅刻したのを皮切りに、遅刻回数は増え、休む回数は増え、とうとう新聞奨学生でありながら学校に姿を現すことはなくなりました。これでは何のために新聞奨学生制度を利用しているのかわかりません。

そして午後の全ての授業が終えるのを待たずに一足先に下校します。そう、夕刊配達の時間です。

その日2度目の出勤、夕刊配達

新聞奨学生は全ての授業が終わる前に夕刊の時間になってしまうので、授業の途中で学校を切り上げなければなりません。新聞奨学生制度は学校とも提携しているので、出られなかった授業はちゃんと出席扱いにしてくれます。

ただ当時私はパソコンど素人だったので、授業になかなかついていけておらず、放課後居残って学習する事も出来なかったので、周りに差を付けられる事にかなりの焦りを感じていました。

寮にも寄らず、新聞販売店に直行。新聞をバイクに積み込み夕刊配達開始です。夕刊は朝刊に比べて数も少なくチラシもあまり入っていないので朝刊に比べたら幾分楽にこなせます。配達するのはもちろんあの団地エリアですが、夕刊は1階に設置してある集合ポストに入れる事になっているので全く苦ではありませんでした。

ただし、配達が終わった後に明日の朝刊のチラシの折込作業が始まります。

販売店でチラシの折込作業

チラシ折込用の機械があってそれぞれのエリアごとに振り分けたチラシの束をひたすら作っていきます。チラシの紙質ごとに適切な設定をしないと、すぐ紙詰まりを起こしたり、チラシが破れたりして作業が中断してしまいます。

紙切れを起こさないように常にチラシを機械に補充し続け、出てきたチラシの束をキレイに揃える作業をひたすらこなしていきます。販売所によっては手作業でチラシをまとめている所もあるそうなので、機械があるだけマシだったのかもしれません。

その日の折込チラシの量にもよりますが、片付けも含めて19時~20時ぐらいに折込作業が終わります。しかし金曜日の折込作業はこうは行きません。家電量販店やスーパーなどのチラシを出す側はやはり土曜日を狙って広告を出すところが多いので、毎週金曜日に販売所にチラシが殺到します。そうなると折込作業は22時から23時まで続きます・・・。

そしてそのまま販売店で夕飯です。毎週金曜日は奥さんがカレーを作ってくれました。毎週食べてたけど全然飽きませんでした。美味しかったです。

数少ない自由時間へ

寮に帰り、1日の内の数少ない自由時間です。ゆっくりテレビを見るもよし掃除をするもよし、洗濯機・トイレ・風呂は共同なので、同僚と互いが邪魔にならないように順番で使用します。しかしその内の1人、そういう気遣いが全く出来ない人間がいて周りから疎まれていました。

同僚たちのリーダー格の人間から何回か注意したりしたものの一向に直らず、何度か喧嘩になったりもしました。やはりルームシェア的なものは誰か一人でもそういう人間がいると、すぐにトラブルになりますね。

自由時間とはいえ、当然次の日も早朝から新聞配達があるので21時を過ぎたあたりから『早く寝なきゃ!』という強迫観念のようなものに襲われます。次の日の作業着を用意し、目覚ましをセットし就寝・・・。

以上が私の新聞奨学生時代の1日です。

個人的な感想

私の新聞奨学生としてのスケジュールを紹介しましたが、新聞奨学生制度と言いつつ、労働環境や待遇は全て配属される販売店によって大きく異なります。

まず新聞奨学生制度のパンフレットや公式サイトに書いてある事は、全く当てにならないと言う事をよく覚えておいてください。

聞いていた話と違う!

当時私が取り寄せた新聞奨学生制度のパンフレットでは週休1日(4週4日)を謳っていました。ですが実際は週休など存在せず、1年365日の内、休日と呼べるものは正月の1日とゴールデンウィークの帰省用に5日の、計6日間だけ。

日曜日は朝刊配達があり、午前中に折込作業を終わらせて午後からはフリーでしたが、まさかそれをもって『週休1日』だったのでしょうか??新聞奨学生に休日が存在しないと気付いた時、本当に目の前が真っ暗になりました。

私が所属した販売店の責任者に、パンフレットには『週休1日』と書かれていたと伝えると

『奨学会が勝手にそういう条件で出している。ウチはそんな条件知らない』

と一蹴。奨学会の人と話す機会があり、その事を伝えると『今度販売店と話をする。』と言いそのまま音沙汰なし・・・。

一度、販売店の新聞奨学生全員で責任者に直談判した事があります。『それなら交代で休みを取ればいい、ただしその穴は新聞奨学生同士で埋めろ。』と言われました。毎日睡眠時間を削りながら体力ギリギリの仕事をしている私たちにとって、時間的にも体力的にも、現実的な提案ではありませんでした。

労働時間にしてもそうです。『無理することなく学業と仕事を両立できる。自分の時間を十分確保できる。』『新聞奨学生の平均労働時間は約5時間』みたいなことを書いてあった記憶がありますが、どこにそんな時間が??

新聞奨学生のデメリット

冒頭で新聞奨学生のメリットを書きましたので、ここでデメリットのほうをまとめたいと思います。

  • 休日がない。時間もない。余裕もない。
  • 慢性的な睡眠不足になる。
  • 体力に自信がないと、かなりキツい。
  • 学校を途中で帰らなければならない。勉強する時間が減る。
  • 放課後同級生と遊んだり、部活やサークルに参加できない。

ですが、本当に販売店によって違うようです。週に1日は休みをもらえるところもあるようですし、新聞奨学生制度にちゃんと理解があって、販売店が学生をフォローできる体制を整えているところもあります。逆に、無いと書かれていた集金業務を無理やりやらされたり、奴隷同然の扱いをされたり、暴力を振るわれたり、ひどいところになると学校にすら行かせないというところもあるとか・・・。

ちなみに私の所属していた販売所は基本的に人間関係は悪くありませんでした。気のいい面白いおっちゃんもいましたし、みんな仲良くやっていたと思います。一緒に働いていた夫婦子供の一家がある日突然夜逃げしていたり、一緒に働いていたおっちゃんが責任者と喧嘩になり、販売所の台所から包丁を持ち出してきて警察に捕まったりはありましたが。

『新聞奨学生の部屋に人を呼べるのか?』という質問を見かけました。私の所はその辺自由でしたので友達を呼んでも特に問題はありませんでした。もちろん呼ぶときは寮の皆に『今日友達来るから、うるさくしないように気をつけるからゴメンね。』と事前に了承を得てました。友達にも『住んでる皆疲れて寝てたりするから出来るだけ騒がないようによろしく』と声を掛けていました。

私が新聞奨学生を辞めた理由

結果的に新聞奨学生制度を利用していたのは1年と2ヶ月。専門学校2年生の夏休みの直前で新聞奨学生を辞める事にしました。理由は勉強が出来ないから。

朝専門学校に登校した時点ですでに満身創痍、全ての授業を終えるのを待たず途中下校。放課後残って勉強することも、当然友達と遊ぶ事も1度もできませんでした。

『インストール』と『ダウンロード』の違いが分からないほどパソコン初心者だった私は、必死に授業に食らい付くも、徐々に周りとの差を付けられていくばかり。本来なら休んでいい夏休みもちょくちょく学校に出ては勉強していました。

仕事がキツい、休みが無いなども理由としては当然ありましたが、なにより上京までして入学した学校の授業に追いつけないというのが、私にとって一番辛いことでした。その頃は常に『辞めたい…』とばかり考えていました。

辞めたい旨を販売所の責任者に言った時は、ほぼ衝動的に言ってしまったと思います。その後の生活の事は全く考えていませんでしたが『(最悪もう学校に通えなくなってもいいや…。)』と思っていました。そのぐらい当時の私は疲れていました。

当時からずっと通っている美容室のお兄さんと今でもその頃の話をする事があるのですが『あの頃のサブロー君ヤバかったもんなぁ笑』と言われます。いつ店に来ても疲れきった顔をしてたそうです。

新聞奨学生を辞めた後のこと

辞める旨を伝えてからの1ヶ月は、次に住む部屋探しに奔走していました。学校から程近い場所を不動産屋と見て周り、住む場所を決定。新聞配達を辞めた後も、新しい部屋の入居手続きが完了するまでの間、寮に荷物などを置いておいて構わないと気を使ってくれた販売店には感謝しています。

そして新聞配達を辞める日、新聞奨学生同士で簡単な送別会をしてもらい、お世話になった人達へ最後の挨拶をして周りました。その夜は大阪に上京してきてから初めて目覚ましを掛けずに眠りました・・・。

いつでも引っ越しできるように寮の中の私の荷物は全てまとめ終え、必要最低限の荷物を持って同じ学校の友達のアパートに2週間ほど泊めてもらい、その間に新しい部屋の手続きを全て済ませ、一旦地元の鳥取に帰り、今までの穴を埋めるかのように思う存分休暇を堪能しました。

でも寮に友達呼ぶこと事態めったにありませんでしたけどね。地元の友達が会いに来てくれたときぐらいでした。

そこからは普通の学生生活を目一杯満喫しました。

学校でもそれなりに授業についていけるようになり、遊ぶ時間も増え、バイトを二つ掛け持ちしていましたが、どちらも職場に恵まれ、学生らしく夜更かしもしたり、お金はさほどありませんでしたが、楽しい学生生活を送ることが出来ました。

今でも夜中、雨が降っていると『ああ…新聞配達のおっちゃん大変だろうな…。』とベッドの中でしみじみ思っています。

『根性なし』と思われるかもしれませんが、もう二度と新聞配達はやりたくありません。

私の1コ下だった後輩は大学生活の4年間、きっちり新聞配達をやり遂げ、無事就職したそうです。その報告を聞いた時、後輩ながら尊敬すらしました。

まとめ

ここまで書いておいてアレですが、私は新聞奨学生制度を全面的に否定するつもりはありません。金銭的な面でかなり助かったのは紛れも無い事実です。実際に課せられた労働にしても金銭的対価を考えたら学生という立場なら妥当、むしろ割の良い仕事だとさえ思います。だからこそこの制度を利用する際は本当に必要かよくよく考えて欲しいのです。

私はたまたま新聞奨学生を辞めた後も専門学校に卒業まで通い続ける事が出来ましたが、新聞配達が辛くて学校ごと辞めてしまう同僚を何人か見てきました。

また卒業まで新聞奨学生をやりきった学生には就職推薦状が発行され就職に有利になるという話ですが、そんな事する位なら少しでも多く授業を受けて自身の知識と技術を伸ばした方がずっと就職した時のためになると思います。

最近は新聞奨学生制度の見直しがされてるのか分かりませんが、新聞社の公式サイトを見てみると待遇もかなり改善されているようですね。無理なく勉強との両立ができて、自分の時間も作れると書いてあります。

うそつけ!

新聞奨学生制度のパンフレットや公式サイトに書いてある事を鵜呑みにしないようにしてください。今はインターネットの普及のおかげで誰でも情報を簡単に集める事が出来る時代です。新聞奨学生制度のご利用はよ~く検討してからにしましょう。

そして新聞奨学生を始める学生さんは上でも書きましたが、

学校を遅刻したりサボったりするのは絶対にやめましょう!

本当にクセになってしまいますよ。

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サブロー
Web・グラフィックデザイナー
鳥取県米子市出身。米子市内の高校を卒業後、大阪府の専門学校でデザインを専行。4年間デザインの基礎を学び、卒業後大阪府内の企業にてインハウスデザイナーとしてグラフィックデザイナーの仕事を主に5年間担当する。部下も入りグラフィックデザインの仕事を教える傍ら、Webデザインの技術を身に着けるべく、独学でWordPressを基本としたホームページ構築を学ぶ。